総会 開催

「下田城の保存を推進する会総会」が平成29年6月17日(土曜日)午前11時30分から下田市民文化会館大会議室で行われました。
総会の後、日本考古学会会員、下田市文化財保護委員会会長で当会顧問の外岡龍二先生による、「下田城址の測量経過報告」〜初めて公開される下田城測量結果を映像で読み解くバーチャルの世界〜が行われました。

以下、伊豆新聞より

2017年6月18日

天守台復元すれば財産

下田城保存推進会が総会

 下田城の保存を推進する会(佐々木嘉昭会長、会員65年)は17日、下田市民文化会館で第9回総会を開いた。席上、下田市文化財保護審議会の外岡龍二会長から下田城址(下田公園)の測量調査の中間報告を受けた。
 同会は下田城址(下田公園)の天守台や空堀など貴重な城遺産を永遠に保存するため2008年市内外の有識者で発足。地震や台風などの災害で遺構が崩壊・埋没しても復元できるよう最新の測量技術による地形図の作成を下田市に要望。市は14年度かr予算計上し、測量調査を実施している。
 総会で佐々木会長は「往時の天守台や空堀が復元・整備できれば下田市の大きな歴史財産になる。一日も早い実現を目指していきたい」とあいさつした。

2017年6月24日

潮の響

 アジサイの名所として知られる下田公園は、下田城または鵜島城と呼ばれる戦国時代の山城跡だ。今、天守台跡や空堀跡に北条の旗が掲げられている▲市民有志でつくる「下田城の保存を推進する会」(佐々木嘉昭会長)が北条ゆかりの歴史を知ってもらおうと、5年前から「あじさい祭」期間中に掲出している。同会は遺構の保存とともに、往時の天守台と空堀の復元を目指して活動する▲下田市史によると、下田城は1588年、北条氏が豊臣軍との対決に備えて構築した。豊臣軍は90年3月、総勢1万人を超える水軍で押し寄せた。迎え撃つ北条軍は600人。50日余りの籠城の末、開城した▲城山は戦国期には湾入も深く、独立した島の様相を呈していた。中央の天守台を中心に尾根が三方に延び、先端は断崖絶壁に近い形で海に達する。尾根と尾根の間は急な谷で、天然の要塞となっている▲その地形の全貌を知る3次元測量調査が2015年度に行われたが、市は膨大なデータの整理・解析が未完として一般公開していない。先日、同会会員を対象とした測量報告会があり「自然の地形を生かした見事な山城であることが改めて分かった」と佐々木会長。貴重な歴史遺産の活用が望まれる。